阿佐ヶ谷駅北口・杉一小改築問題情報

阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会が運営しています。当会の活動のほか、阿佐ヶ谷の問題についての個人・団体の発信、区の動向をまとめています

都市計画塾vol.3「都市計画審議会とは」

2024.6.23(日)阿佐ヶ谷地域区民センターにて、都市計画塾vol.3「都市計画審議会とは」が開催されました。

今回のテーマは、日本の都市計画審議会(都計審)とは、なぜ議会を通さないのか、という、これまでよく理解しないまま傍聴とかしていた制度について。

※今回はビデオが用意できなかったため、レジュメと聴講者の個人的なメモによるまとめです。ご了承ください。

次回は7月27日(土)いよいよ「公共用地デベロッパーの現在」です。あの再開発も、この公共施設移転や統廃合も、なんでこんな手口で進んでいるの?

その次は8月31日(土)「ワークショップとは」。あさがやまちづくりセッション、デザイン会議、杉並区の「対話の区政」の方法論はこれでいいの?

(記事末に予告掲載)

 

まず都市計画の歴史。防災・防疫・福祉を目的として始まったのはフランス革命以後。フランス革命で出された「人権宣言」は、基本的人権の中に個人(民衆)の土地の所有権が含まれています。フランスでは路上生活者が溢れた状態(左図)だったのを、すべての人に土地の所有権を与えました。
一方イギリスでは18世紀中ごろの産業革命で、資本が土地を私有し、土地の囲い込み(エンクロージャー)によって農民が耕作地を失い、都市生活の工場労働者となります。
そうして近代都市が成立しましたが、下水もなく汚物を窓から投げ捨てる(左・右図)不潔で不衛生な状態を「住めるようにする」つまり、今の地方公共の仕事が始まります。
ちなみに日本では江戸時代の玉川上水とか、上下水道・農業用水整備とかでしょうか?
 

「公共」とは。
土地所有の流れは、土地は国王のもの→定期借地:一般人民は所有を認められていない→工場を作るために企業家だけが認められる→底辺・路上生活者溢れる→衛生環境が向上しない→公共が入らなくてはいけない→企業の権利を制限するのが、公共の力→法における「公共の福祉」の現示:能動的な公共として民間に介入。
なるほど。三井不動産や地元の大地主に公有地をくれてやるのとは真逆なのですね。
 

(1)古典的公共:産業革命以降:19c後半~20c初頭
私人の間で所有権を巡る紛争→公共が介入→私人の力が弱くなる→(図2:個人間の紐帯の剥離)土地の所有権を手放す→が、仲裁する公共の力も弱まる
(2)新しい公共:日本では鳩山由紀夫が提唱
元来:公民の土地をお互いに社会的に使おう(鳩山政権ではフワーッとしたまま終わった)
自民党政権:民間の利益のために使う!民間にインセンティブを持たせる!
に、意味が転換。現在に至る。
 

ここからは、模範となっているドイツのケースを解説。参加者からは「いいなぁ!ドイツ!」の連発!
欧米各国も「ドイツを手本に」を合い言葉として、土地管理施策を設計した、と。
ドイツは「公共」という概念を作った法学者のイェーリング(Rudolf von Jhering 1818-1892)の理念がワイマール憲法に活かされ、ナチ政権を経て、戦後のボン基本法(西ドイツ)はナチスの反省からふたたび民主的な法体系が目指された。
都市計画は、東西統一後、広域のFプランと地区計画のBプランの2層制となるが、上位下達ではなく「対流式で相互にすりあわせる」
日本は大正時代の旧都市計画法は、実は民主的・福祉的内容であったが、決定権がすべて「国」にあった。戦後はドイツの2層制に近づけようとして、都市計画の権限を基礎自治体に下ろしたが。
 

日本の都市利用に関わる5つの個別法。対象は、都市・農地・郊外(山林)。
1.都市計画法は都市計画区域の中だけにかかる。国交省管轄の「市街化区域」はその名のとおり市街化をすべきとする土地。「市街化調整区域」とは、市街化をせず農地や森林を保全する。
また、この(19)68年法(図ではs.43)で取り入れられた大きな転換は一定規模以上の「開発行為」には福祉(道路、広場、公園、社会福祉施設)が必要であり、無秩序に市街化していいわけではない、つまり規制であった。
 

5つの個別法を束ねるのが「国土利用計画法」。国の作る「国土利用計画」と基礎自治体の「市町村基本構想」を対流させる。
市町村計画は議会を経る必要があるが、市町村基本構想、いわゆる都市計画マスタープランは、都市計画法18条で「地方分権の中で議会を経ず、都市計画審議会を経て首長が決める」と設定されている。そのため都道府県・市区町村に都市計画審議会が置かれることに。
 
ここで質問。
Q:都市計画審議会と前回のエリアマネジメントとの関係は?
A:ドイツのBプランが近いが、もう少し上のフェーズ。「新しい公共」の考え方によるもの。
 

この二枚は、都市計画区域の「線引き」の実例。飯能市の場合は、西側が都市計画区域ではないため、開発(農地を団地にするなど)が無制限。箱根町は調整区域がないが、広域的に定められた都市計画区域に入る。
 



都市計画審議会とは?
大正時代の旧法では国だったが、新法で都道府県・市区町村に設置することに変更。国の審議会は「社会資本整備審議会」に。開発行為の許可・不許可は開発審査会。
 


都市計画審議会のメンバーは首長が決めて、議会を通さない。行政が独占権を持つ。しかし、市区町村が独自にできることは限られている。用途地域を定めるなど。4枚目の図の青マーク部分「法10条の2」市街地整備促進区域などの制定をして、ローカルレベルでの開発を決める。それを広域に反映するという建て付け。
日本版の「対流式」がちょっと怪しくなってきた…
 

ドイツの場合は。

広域的なFプラン(州計画)をむしろミクロな地区レベルのBプランに適合させなくてはならない。

Bプランは街区レベルであり、景観的な建築制限。かなりギチギチで、屋根は切妻、壁材は石、色の規定など。
コミュニティが街を作ったときからの歴史を担保し、どうあるべきか設定する。変えることは許されない!歴史的社会資源、記憶資源を守るため、規制するプラン。
 
これを緩和型の地区計画にしてしまった日本、身近では阿佐ヶ谷駅北東地区計画のようなものは本末転倒!
 
さらにドイツにはLプランという基礎自治体が作る自然環境保護のための計画にも、Fプランの方を適合させなくてはならない。
 

どこがプランを作るのか。圧倒的な地域主権。開発に対して抑制的・規制型である点も、日本は真似しきれていない。

 

最後に、日本とドイツの比較マトリクス。
右のドイツでは、下の黒丸(政府協調的)白丸(批判的)の両方から専門調査委員会、審議会に入る。例えば州単位で審議する原発立地なら、賛否同数の専門家を入れる。
日本は…行政が決めて、シンパしか入れない…
六角形の中央:三権分立は、ドイツでは政府が小さく、裁判所が大きい。「裁判所は議会の議決を重んじ、行政判断は徹底的に吟味する」。ボン基本法では行政裁判を保障。
日本は…政府が大きい…。行政裁判の仕組みを持っておらず、利害関係のある権利者かどうかで、原告適格を判断。行政の判断には立ち入らない…
 
う~ん、そんな日本ではどうしたらいいの…と、みんなが困ったところで、さらに、ドイツは少数住民の訴えを尊重する原則、議会と行政裁判の2層構造である、と、うらやましいことばかり。
たとえば、阿佐ヶ谷のけやき屋敷の森伐採で、ツミの営巣地であることを問題にしていたものの、杉並区にはまったく考慮されなかった。これがドイツならLプラン(環境)の対象となる。考え方としては、まず議会の判断において、計画がツミのことを考慮しているか、道理が通っているか、事業によってツミがいなくなったらどうするのか、まで検討される…
 
後編は参加者からの、羨ましい、びっくりだ、日本では、杉並ではどうしたらいい?と、活発な質疑応答。
 

 

次回予告!!
都市計画塾vol.4
「公共用地デベロッパーの現状」
2024.7.27(土) 16:00-18:45
阿佐谷地域区民センター 第一集会室
 
都市計画塾vol.5
「ワークショップとは」
2024.8.31(土)15:30-18:30
産業商工会館  第一集会室
 
各回受講料: 500円
問い合わせ:阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会
asagaya.genfukei@gmail.com